この仕組みが無かったら、この子はいなかったかもしれない。働き方と家族。

働き方 小出絵理子

つい先日、第三子を出産しました

はじめまして。小出です。住まいはヒラメキカンパニーのある広島から遠く離れた埼玉は浦和。主にWeb制作を担当しています。突然ですが、つい先日、第三子を出産しました。わたしの場合における、働き方と家族のことについて少し書きたいと思います。

仕事スタイルが確立されてきた中での第三子妊娠

私にはすでに2人の子供がいました。今年11歳長女、8歳長男のどちらも小学生です。幼稚園の送り迎えの日々から解放され、自分で学校へ行くようになってくれて、仕事に割ける時間も増えたところでした。仕事のスタイルがだいぶ確立してきたなあ、と感じた、長男1年生の冬。第三子の妊娠が発覚しました。

妊娠を機に会社を辞めなければならなかった過去

私には、妊娠を機に会社を辞めなければならなかった過去があります。第二子妊娠のとき、2007〜2008年のことです。理由は、産休育休の取得が難しかったこと。会社的に、難しい理由もすごくよくわかりました。第一子の1年の産休・育休から戻ってまだたった1年ちょっとの出来事です。休んでいる間の代打を立てなければならなかったり、私自身も細切れの業務になってしまう・・・産んだら産んだで、病気による保育園呼び出しまくりの日々。2人居ればその頻度も倍です。

会社にも、家族にも、謝ってばかりいた日々

当時、保育園の待機児童がかなり深刻な地域に住んでいました。フルタイムで復帰せねばらならないのに、待ち人数40人越えなどでした。これでは復帰できない、と、少し衛生状態や教育方針にあまり納得できない無認可の園に仕方なく娘を預けました。娘は中耳炎を繰り返し、週1〜2回のお迎えはしょっちゅうでした。互いの実家はどちらも250kmほど離れた遠く。とても頼れる距離ではありませんでした。(流行性感染症に罹った時などは、新幹線で来てもらったり大変でした)

夜22時にに娘を迎えに行く日もありました

当時時短の仕組みも無かったので、急なお迎えで「欠勤」扱いになってしまうため休日も出社して、休みなんて全然ありませんでした。日々の遅れを取り戻そうと頑張り、夜22時に娘をお迎えに行く日もありました。22時にもなると最後の一人で、眠そうにやっと走ってくる娘を抱きしめ、帰り道なんども涙を流しました。再度の産休・育休取得について、なんとか出来たかもしれませんが、当時の私は、「申し訳ありません・・」「お先に失礼します・・」「ご迷惑おかけします・・」が定型文のようになっていた毎日に、もはや疲れ果てていました。家族にも「ごめんね・・」ばかり言っていました。

在宅勤務の仕組みなども会社には無かったし、このまま在籍していても、会社にも家族にも迷惑がかかるだろう、そしてわたしも気を遣ってつぶれてしまうだろう、と感じて、迷わず去ることを決めました。女性は、妊娠・出産、そしてそこから続く育児のために、いろいろなことをストップさせ我慢し、もしまた仕事をするならば、動ける状況を再建していかなければならないし、制限が多いためそれが必ずしも納得した形とは限りません。

安心してお産・子育てできたのは、この仕組みと、認めてくれる会社があるから。

現在わたしは、広島⇄埼玉間で、Google ハングアウトを使ってミーティングし、Google ドライブでドキュメントを共有しながら、チャットワークで案件ごとの連絡を取ったりタスクや進行の管理をしながら自宅で仕事をしています。このスタイルが無かったら・・・・。時々身震いしながら考えます。正直「また」お産のためにすべてをストップさせなければならないことには非常に悩んだだろうと思います。しかも今回、子宮の状態もあまり良くなく、一時期、切迫流産にもなったので、安静にしながら自宅で仕事できるというのは、身体的にも妊娠継続のためにとても良かったと思います。

そして、感謝の気持ちは、「ポジティブ」な気持ちへ昇華していきます

もしも万が一お腹の子に何かあったとき・・・「あの時あんなに仕事に行かなければ・・・」と後悔することほど、辛いことはありません・・・。安心して出産・子育てができるのは上記のような仕組みと、そして、この仕組みを積極的に導入しこの仕事スタイルを認めてくださる会社のおかげであると思っています。今後もわたしの仕事スタイルで、会社にも社会にもめいっぱい貢献したい。たくさんの方にハッピーになってもらいたい。そう考えています。